高市の妄言=「存立危機事態・集団的自衛権行使」発言が、いわゆる“失言”でも“偶発的”なものでないことは、今さら言うまでもないことでしょう。この「妄言」と相まって押し進められている「防衛予算」の大幅増額(対GDP2%
~3.5%)や、いわゆる「安保関連3文書」の改訂、そして長年日本の“国是?”でもあった「非核三原則」の改訂目論み・・・等を見れば明らかでしょう。
今回はこの妄言と一連の“兆候”に対し、中国側がどう見て、どう感じているのか、いわゆる「ネット上の書き込み」を含めて、少し紹介したいと思います。それらは日本のマスコミ等が報じている以上に深刻かつ“危機的”なものです。それは日本の「国家像」そのもののに対する“再定義”と言っても過言ではありません。もはやこの「妄言の撤回」だけでは済まないものになりつつあるように感じます。
中国はこれまで国と国の関係においては、「永遠の友はなく、永遠の敵もない」と言う立場をとってきました。一時的な「敵対行為(*無論その“逆”も)」も、政権の交代や情勢の変化によって“逆転”し得るというものです。それ故に敵対する相手に対しても“崖っぷちまで追い詰めない”ことを基本としています。 かつての印度との国境紛争や、南中国海で繰り返されるフイリッピンによる挑発行動に対する中国の抑制的な対応はそれを体現しています。このスタンスは、中国にとって「主敵?」であるアメリカに対しても同様です。
ところが、今回の高市の妄言を“きっかけ”に、中国の世論は言うに及ばず、政府の姿勢でさえ、日本に対してだけは“例外”=「例外論」が主流になりつつあるように感じます。
その当否はともかく、特に民間においても、これまでの「悪いのは軍国主義で、日本人民も侵略戦争の被害者」とする立場や、「徳を以て怨みに報いる」と言った対日基本姿勢に対する「疑念」が生じ、もはや大勢を占めはじめているように感じられます。日本の「軍国主義的野心」は、「敗戦」を経て、一次的に“潜伏”していたが、その本質は一貫して不変で、「機」を見ていつでも復活すると考えるようになっています。
「高市極右政権」に対する支持率が75%に上るという現実を見れば、残念ながら中国民衆の危惧も決して“的外れ”とは思えないものがあります。
その根拠を幾つも挙げることができます。
1、日本の戦後体制(政界、財界など)の人脈が「戦前」をほぼそのまま継承してきた
2、「敗戦」を認めない。「“終”戦」という呼称や、精々が「アメリカに負けたのであって、中国に負けたわけではない・・・ウンヌン」とする社会的な普遍認識
3、アメリカによる「原爆投下」や、ソ連による“懲罰的”意味あいがある「シベリア抑留」など、こうした“被害?”に恐怖心が根付いているのに対し、「寛大政策」を行った中国に対しては、中国の“無力”と“弱腰”として潜在的に解釈されている
4、長年にわたる加害史実に対する矮小化と隠蔽が図られ、特に若い世代において歴史に対する抜き差しならない「無知」と「無感覚」が主流となっている
5、特に近年のマスコミによる「反中嫌中」によって、中国の劇的な発展を知らず、対中認識が今だ「20年前の中国」に止まっている(*同時に自身への過大評価=「日本スゴイ!」報道の蔓延・・・)
6、そして、何よりも「侵略戦争の敗北」によっても、「戦勝国」である被侵略国の戦中、戦後を通じての被害の大きさに比べて、「敗戦国」である「日本本土」における被害が相対的に微小であったこと。それによる「戦争(*その残虐性)」に対するリアリティの決定的な欠如・・・・等々が挙げられます。
かつて、いわゆる「太平洋戦争」勃発において、政権や軍部の中に一部あった、膨大な製造業をはじめ、強大な国力を有するアメリカに対し開戦することへの危惧や躊躇が、“好戦的”な「民衆」の熱狂に追い立てられ、遂に“絶望的”な開戦に至った歴史が再演されようとしています。
“大国=清朝(中国)”や“強国=ロシア”を打ち負かし、アメリカの実相を知らされることのない民衆の熱狂と、今日の世界情勢や強大な発展を遂げた「中国」の現状に対し盲目的なまま、再び“暴発”する危険性は今日の社会状況とほとんど変わりはありません。因みに、開戦前後の東條英機に対する支持率は80%であったと言われています。
「失落の30年」に象徴される日本経済の“不可逆的衰退”と未来に対する“希望の欠如”が「戦前」と同じく、“一か八か”の絶望的な「侵略戦争」が唯一の“希望”として日本(官民)を駆り立てているように思えます。
「日中友好」はこの巨大な“濁流”の中にあって、「反侵略と平和」を希求する日中民衆にとって、かけがえのない礎です。「戦争の残酷さ、悲惨さ」を誰よりも知り、「平和環境での発展」を必要とする中国です。それ故に、中国はこれまで以上に「戦争回避」の努力を続けることでしょう。しかし、高市による“宣戦布告”に等しい「妄言」と、日本の際限のない「戦争準備態勢」を目の当たりにして、中国(台湾を含む)のこれまでかなり理知的な主張をしてきたネット上の論評でさえ、「この際、日本には“旧債”と“新債”をまとめて払ってもらう」と言うものから「この一戦は不可避」・・・と言った少々“過激な?”主張がかなりの勢いで拡大しはじめています。最後の“糸”さえ既に切れかかっているという危機的な状況を私たちははっきりと認識する必要があるでしょう。残された時間はおそらく私たちが想像している以上に「短い」のかも知れません。
(2025/12/15 墨面記)